【岐阜県-北恵那鉄道-廃鉄橋 1】
大井ダム建設によって、付知川流域でのいかだを使った木材輸送が出来なくなった代わりに、
中津川から下付知を結ぶ「北恵那鉄道」が、大正13年に開業しました。
青字…ラピスのコメント ■黒字…作者のコメント
 
 開通してから戦後までは、
 絶好調だった北恵那鉄道。
 しかし自動車交通の発達によって、
 昭和44年以降、列車本数がどんどん減っていき
 ついには昭和53年に廃止になった北恵那鉄道。
 そんな北恵那鉄道の線路跡を
 辿って来ました。
 鉄橋群の場所はここ→■周辺図■

 県道6号線から三叉路を曲がって下って来ると、
 赤い「妙見大橋」があります。
 これは“頬杖鋼ラーメン橋”って物です。
 妙見大橋を渡ってすぐ横道に入ると、
 妙見大橋をくぐる道になります。
 で、北恵那鉄道の鉄橋はと言えば、
 妙見大橋の下にある小さな橋。
 それが「第一中津川橋梁」です。

 じゃあ近くに行ってみましょう。
第一中津川橋梁

 けっこう長めのプレートガーダ橋です。
 錆びてます。
 左側は雑草に覆われていて、
 ひどい薮になってます。
 雑草がからまっていて、
 とてもじゃないが近付けません。
 残念でした。
 鉄橋はまっすぐに見えるけど、
 途中で曲がってます。
 曲がってると言うより、
 “くの字”になってると言った方があってるかも?
 橋脚は丸く石を積んで造ってあります。
第二中津川橋梁

 お次は「第二中津川橋梁」です。
 植物が邪魔でよく見えません。
 鉄橋の脇を通る道から撮ってるけど、
 ちょっと近付けませんでした。
 まあ、さっきの橋と
 あまり変わり無いからいいか。
 それと、後から知ったコトだけど、
 第一からこの第二の橋まで、
 廃線跡がたどれるらしいです。
 では次は北恵那鉄道で最大の遺構、
 「木曽川橋梁」です。
 これは見ごたえありそう。
木曽川橋梁

 「第二中津川橋梁」を撮影した所から、
 木曽川に向って線路跡を辿ると、
 採石場の横…いえ、中かな?に出ます。
 そこを通り、木曽川の河川敷に下りて来ると、
 例の鉄橋はすぐそこに見えます。
 そう言えば、採石場って書いたけど、
 砂利や土を加工したりする作業場かも?
 それと、平日に訪れると
 作業の邪魔になるかもしれないので、
 気を付けてください。
 ちなみに停まってる2台の車は、
 釣り人のものです。
 
 なかなかに堂々たる姿です。
 プレートガーダを両脇にしたがえた、
 ダブルワーレントラス橋です。
 今や北恵那鉄道の象徴のような存在ね。
 伊勢湾台風や集中豪雨で、木曽川が増水した時、
 鉄橋が危険な状態だったそうで、
 鉄橋のかさ上げが計画されました。
 4mぐらい高くなったそうです。
 そういえば手前の橋脚には、
 何だか継ぎ目らしき線が見える…
 
 今度は対岸から見てみましょう。
 県道の玉蔵大橋を渡って、
 木曽川の右岸、つまり北側に来ました。
 カーブミラーの後ろにある築堤が線路跡です。
 ここにはかつて「恵那峡口駅」がありましたが、
 鉄橋のかさ上げの際に北の方に移動したそうです。
 それで、右側にいかにもな建物があるけど、
 これは遊覧船の船着き場の物でした。
 “でした”と言うのは、ここがすでに
 廃墟になってるからです。
 しかも置いてある2台の車も廃車体だし。
 赤いRX-7もフロントが壊れてた…
 何て勿体無い。
 
 築堤の上に上がってみました。
 築堤の先に延びて行く道路が、
 廃線跡を利用した道です。
 カーブしているあたりに、
 移動した「恵那峡口駅」があったそうな。
 今となっては何もありませんね。
 でも、遊覧船の建物の一部に、
 昔の駅の建物が使われてると言います。
 公衆便所があったけど、それだろうか?
 
 築堤の先の薮を掻き分けて行くと、
 目の前にどーんと「木曽川橋梁」があります。
 レールはすでにありませんが、
 どこからどう見ても鉄道の橋ですねぇ。
 立派なもんです。
 手前のプレートガーダ橋なんかは、
 歩いて渡れそうだけど、
 危ないのでやめておきましょう。
 ここを見てるあなたも、渡っちゃダメよ。
 全長が134mもあるそうで、
 対岸がはるかかなたです。
 
 築堤の西側には、細い道があって、
 船着き場の跡に行けます。
 そこからも「木曽川橋梁」が見えます。
 ダブルワーレントラス橋の
 ダブルでワーレンなところが
 よく見えます。
 写真を撮るならここからの方がいいかも?
 中津川側の築堤がよくわかるのも、
 ポイント高しです。

[2006年11月現在]

県道からも見える、北恵那鉄道のランドマークとなっている「木曽川橋梁」。
昭和53年に廃止になって以来、30年近く放置されています。
「恵那峡口駅」からの廃線跡は、しばらく生活道路となっていますが、
再び大きな鉄橋があらわれ、廃線跡はその先は山の中に消えてしまいます。
次は、その山の中の廃線跡と「上地橋梁」のレポートです。
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