【国道257号線旧道-日和田隧道】後編
岐阜県の萩原町と馬瀬村との峠に開削された隧道。現在は両町村は下呂町と合併して下呂市になりましたが、
人々の生活や戦争の悲しい思い出を秘めた峠は、今も存在しています。
青字…ラピスのコメント ■黒字…作者のコメント
 

 ロードマップや地形図にはっきりと描かれた
 日和田隧道と旧道の道筋。
 西側は旧道としての面白さはないですが、
 東側は旧道らしい荒れた道だそうです。
 さて無事に行けるのか?


 再び日和田トンネルを通 って来ました。
 少し行くと左側にUターンする様に
 旧道に入って行きます。
 この辺りはまだ余裕あります。
 路面の状態も問題無しです。
 しかし、この先旧道は林道状態に…
 はたして無事に隧道まで辿り着けるのか?
 画面奥にある建物は営林署の物でしょうか。
 建物の前を旧道はカーブで通り過ぎて行きます。
 そのカーブの先に簡単なゲートがあります。
 ここからが酷な旧道の始まりです。
 さあ、油断しないで行こう。
 
 そうなんですよ。
 こんな感じの道が延々と続きます。
 木の皮やら枯葉だので路面は見えません。
 丸太が置いてあって、
 林道として使われているのでしょうか?

 旧道は容赦なく九十九折れで、
 しかも急坂で登って行きます。
 コーナーまたコーナーってな具合で
 いい加減うんざりします。
 
 そんなに距離が有るわけではないのですが、
 先が見渡せないので
 実際の距離以上に長く感じてしまいます。
 ここはまだましな所ですね。
 でもあちこち湿ってるので
 むしろ帰りの下りの方が心配。
 滑りやすそうな路面ですよこれ。

 視界はきかないので山深さは満点ですよ♪
 おかげでいつ終わるとも知れない旧道に
 不安になってしまいますわ( ̄ω ̄)
 
 やっと到着しました。
 距離的には西側とそんなに変わらないけど、
 感覚的には倍近く走った様に感じました。
 ゆっくり走ったしね。
 それにこの場所には、
 何やら神聖な空気に満ちてます。
 それはここに
 人の気配が感じられないからでしょう。
 神社の神域みたい
 って言った方がわかりやすいですかね?
 
 西側と違ってかなり荒れてます。
 封鎖の仕方は向こうと同じですが…

 隧道の前にはガードレールが通行止してます。
 先程見て来た西側の坑門にあったガードレールは
 こんな風になってたんでしょう。
 でも意味あるの?これ?
 もしかして封鎖した直後に
 この壁に激突した車がいたとか?
 それってなんかありえそう…
 バリケードかクッションのつもりで
 このガードレールが有るのかも。
 
 こちらは金属板が剥がれてます。
 よく見るとこじ開けたような跡があります。
 一体誰が何の目的で剥がしたのでしょうか?
 もしや何者かが侵入を企てたのか?
 入ったら出てこれなそう。
 中に入ったらこの小さな隙間からしか
 光が入って来ないのですごい恐そうです。
 しかも何だか口みたい、これ。
 そんな事よりこの坑門の要石、
 単なる飾りになっています。
 建築物のデザインが近代化していく過程を
 見る事が出来ます。
 
 隧道の前に立ち塞がるガードレールに付いてる
 この標識が気になります。
 よくある通行止のバッテン標識ですが、
 いいですね〜この雰囲気。
 何て言うか、
 人類の文明が生み出した物を飲み込む自然。
 単なる廃墟美とは違って、
 ここには生命力があふれてます。
 しかもそれは優しいだけじゃなく、
 全てを飲み込む凶暴さをも持ってます。
 
 隧道横の擁壁も苔むしてます。
 これは排水溝かしら?
 右側をよく見ると、岐阜県の境界標があります。
 山奥に眠る遺跡のごとく、
 味のある朽ちっぷりです。
 いや、現役時代からこんなだったのでしょう。
 
 こんな看板がありました。
 「木もれ日の道案内板」ですって。
 この辺一帯を巡る散歩道みたいです。
 昭和59年に出来ました。
 散歩道って言うより登山道かな?
 日和田峠への道には一部重複しているようです。
 でも汚れてますねこの看板。
 今でもこの「木もれ日の道」って
 通る人がいるのでしょうか?
 細い道が山の中に続いてますが、
 薮と化しているようです。
 
 今や旧道自体が「木もれ日の道」になってます。
 管理されてなさそうな道ですが、
 荒れた道がいい感じになってます。
 山の景色にしては、道幅がやけに広いのが
 変な感じなのですが(^ω^;)
 さて山奥に眠る廃隧道を堪能した所で
 帰るとしましょう。
 でもここの旧道、あちこち濡れているんですよ。
 濡れた落ち葉は滑りやすくなっていて、
 しかもカーブは急です。こわー(;ω;)
 ゆっく〜り下って行きました。
 おかげで来る時より時間が掛かって…
[2004年11月現在]

鋪装され、近代的な隧道のある旧道ですが、隧道が閉鎖された現在では通る車も少なくなりました。
少ないのではなくて、道路を掃除していないのでしょうか?
どちらにせよ、昔の峠道の雰囲気に戻って来ているようです。
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