【国道418号線-二股隧道の謎】 国道418号線の代名詞的存在である「二股隧道」 元々国道のこの辺りは、丸山ダム建設により水没する道路を付け替えた県道でした。 隧道自体は普通のコンクリートのトンネルなのですが、この隧道にはある謎が… 青字…ラピスのコメント ■黒字…作者のコメント |
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そもそもなんで「二股」なの? ってワケですよ。 付近に“二股”と言う地名は無いし、 隧道の中も二股になってません。 様々な憶測や噂が云われる謎隧道。 はたしてその謎は解明できるのか? 隧道の地図はこちら→■周辺図■ |
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国道418号線の荒れた道を辿ってくると、真っ暗な口を開けて待ち構える二股隧道。 東海地方では心霊スポットとしても有名です。 おかげで中は落書きだらけ…(´Д`) |
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どこのサイトを見ても、 隧道の東側にあるこの穴が 二股のもう一方の隧道だと言われてます。 確かに、二股隧道まで届く程の 長さがあります。 これでナゾ解明。チャンチャン♪ 本当に? これでお終い?? いや・・・終わりじゃなかった・・・ 真の答えは別の所にあったのですよ。 |
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やって来ました旅足橋。 今回はマウンテンバイクです。 ここらで記念撮影。 もうすっかり春なので、 そこらじゅうにハチが飛んでます。 ちょっとドキドキ。 この橋の下には、 八百津発電所に水を送っていた水路橋と、 旅足川発電所が沈んでます。 |
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3年前にもここを通ったけど、 さらに荒れてるようだ。 さすがにこんな道じゃ バイクなんかで来たくないよね? 途中に道端でお弁当を食べてる 山菜採りらしい人達がいたりして、 ちょっとのんびりしたムードだった。 |
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そうこうする内に到着。 これが「二股隧道」です。 相変わらず真っ暗。 マウンテンバイクに 強力ライトSF501を装着して いざ突入。 |
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真っ暗かと思ったけど、 思ってた程、真っ暗じゃなかった。 隧道を抜けて 前回探索を断念したポイントに来ました。 ここからあの“隠された坑口”に アタックしましょう。 ・・・でも、路面が全部崩れていて、 あえなく探索終了。 だって危険すぎるんだもん。 …いや、反対側からなら行けるかも? |
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再び隧道を戻って、 西側から旧道に入って来ました。 途中には、山の上に延びる 山道がありました。 かつてはこの上に数件の民家があったので、 そこに行き来するための道のようです。 |
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さて、自転車で来れるのもここまで。 ここからは歩いて探索です。 しかし、この先も道が無かったはず。 どうしよう? |
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道が崩れて通れなかった所がここです。 あれ? 崖崩れ? 3年前に来た時は無かったけど、 あれから崩れたみたいだねぇ。 しかも 新しい“道”が出来てる。 フッ(笑)これは楽勝? ここを突破すれば また路面が続いてるだろうか? |
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路面ないよ。 いや、半分ぐらい残ってる。 あとはダム湖に落ちてるのか? 下を見ると、ばらばらになった 旧道のかけらがあるのが見える。 もう少し行けば路面が復活するかな? |
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復活しないよ。 それどころか、ますます酷くなる。 ここなんかまだ歩きやすい方です。 っていうか、ここを最後に まともに歩ける場所が無くなった。 |
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完全に、ただの斜面になってしまった。 しかも激薮。 薮というか、竹林ですね。 びっしり生えてます。 歩けるスキマを探して 斜面を上がったり下がったり。 もう、どこが旧道だかわかりません。 |
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いやもう… 勘弁して。 前が見えない。 薮こぎなんてもんじゃありません。 まともに立って歩けない。 斜面にへばりついての移動ですよ。 やっと視界が開けたと思えば 突き出した崖を 回り込まねばならなかったり、 まじ危険です。 |
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こんな事態を予想して、 今回はお助けアイテム、 アイゼンを持って来ました。 おかげで滑り落ちることなく ここまで来ました。 ここは背の低い雑草しかないので、 ダム湖がよく見える。 目の前を通るジェットスキーを眺めて しばし休憩。 |
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もうあとどれくらいで 例の坑口に着くだろうか? もうちょっと先かな? ここを突破すれば見えるかな? とはいえ、慎重に行かねば。 雑草が生えていて 大した事無い様に見えるけど、 けっこう危険な場所ですよ。 |
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大きな崩落ポイントも無事通過。 しかし、まだ危険な場所は続きます。 足場がもろくて 今までで一番危険なポイントみたい。 突破して振り返ってみたら・・・ あれ? なんか見覚えのある… あ! ここってさっき断念した所だ! え? まさか旧道踏破しちゃった? あれ? 隧道の坑口は? |
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どうやら隧道の坑口は、斜面の崩落と共に、ダム湖に崩れ落ちてしまったようです。 途中に隧道があったらしい“くぼ地”があったのですが、なんの痕跡も残ってませんでした。 しかも、空中写真をよく見ると、現在の東側の出口が写ってません。 もう一度上の空中写真を見てね。・・・無いでしょう? それに画面左はじには大きな崖崩れの跡があります。 ひょっとして、隧道が造られたのって、この崖崩れのため? 崖が崩れて道が通れなくなったので隧道を造った。 その後、隧道の東側が崩れたので、さらに東側まで延長した。 その崩れた所って、上のレポートで休憩してた斜面のことですよ。 南側の坑口が崖崩れで放棄されて、内部で塞がれたのなら、 この隧道が“二股”だった時期は無い事になります。 じゃあ、“二股”って名前はどこから来たの??? |
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■ しかし答えは意外な所にあったのです。 別のレポートの為に上松発電所の事を調べていたら、 関西電力のサイトに行き当たりました。 そこには丸山発電所や丸山ダムの開発の歴史も書いてありました。 読んでいくと「二股水力地点」の文字が…! もっと詳しく調べてみようと、岐阜県図書館へ行ってみました。 関西電力が昭和31年に発行した「丸山発電所工事誌 総括編」を見てみると、 逓信省からの開発準備命令である「依命通牒」の一節に 『本地点ハ既許可未開発ノ日本発送電株式会社丸山地点二股第一地点及二股第二地点ニ関スル 変更計画ニシテ本変更ニ依り影響ヲ受クル既設八百津発電所並ニ旅足川発電所ニ対シテハ適当措置スルモノトス』とあります。 丸山発電所建設の申請の際、ダムを造る場所に「丸山地点」「二股地点」「錦織地点」の 3地点で出願をしたところ、「丸山地点」「二股地点」を1つにする事で 岐阜県知事より水利権の許可が与えられたそうです。 ● そう、「二股」とは、木曽川において、ダムを造るのに適した場所の名前だったのです。 水利権の許可が昭和2年なので、隧道が出来るずっと前です。 「丸山」だけがダムや発電所の名称に残ったため、使われなかった「二股」の名が 後世に造られた隧道の名前に使われ、残されたのかもしれません。 ■ ちなみに「錦織(にしこうり)」には、江戸時代に川湊がありました。 木曽川で木材を運んでいた筏の一大集積基地で、「綱場」と云われる施設です。 「二股」も、同じ様な川湊のひとつだったのかもしれません。 ■ |
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じゃあ、これはナニ? これって延長する時に掘った 試し堀りの跡なのかな? なぜ塞いでないのかも不思議なところです。 どちらにしてもこのトンネルのせいで 二股に分かれた隧道なんてイメージが 出来てしまったのですよ。 まさに“ミスリード”ですね。 [2009年4月現在] 2011年に再び訪れました→続編 さらに意外な?真実が…! |
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