【国道19号線旧々道-やはず橋廃道】
長野県南木曽町には、明治時代に「賎母新道」として建設された道が、廃道として残っています。
そこには「犬帰り」と呼ばれた難所があります。
青字…ラピスのコメント ■黒字…作者のコメント
 
 以前国道19号線の旧道を見て来た時に、
 スルーした薮に埋もれた廃道。
 そんな道の先にある「赤い橋」を
 見て来ました。
 …で、道の方はと言うと…
 ひどいよ・・・
 っていうか道ないし・・・

 国道19号線の旧道の廃道から
 ちょろっと出てた道が気になったので、
 ちょっと見に行って来ました。
 今回は赤い橋の方から行きます。
 国道の交差点から県道に曲がって
 すぐ脇道に入ると橋の正面に出ます。
 この写真は国道から撮ったものです。
 そばに民家もあって、
 なんか村はずれのような雰囲気。
 この時は単なる脇道かと思ったけど、
 後から調べてみたら…
 
 この先にある脇道が国道19号線の
 旧々道だったなんて!!
 しかも「賎母新道」なんて
 名前まで付いてます。
 そう言えば立派な橋だこれ。
 曲弦ワーレントラス橋で、
 「やはず橋」と言います。
 「矢筈」と書くのかな?
 期待通りに通行止めになってます。
 ではさっそく渡ってみよう。

 ・・・期待通り?
 
 やはず橋からは山口ダムが見えます。
 あ。放水してる。
 でも、あんまり迫力ないね。
 ここは北側で日陰になってて
 暗い写真しか撮れませんでした。
 
 やはず橋は1956年6月竣功です。
 長野県の発注で、
 松尾橋梁株式会社が製作しました。
 ―と、言う事が
 橋に付けられたプレートに書いてありました。
 ちょうど50年前に造られた物ですね。
 で、橋を渡った先は予想以上の状態です。
 道がナイ?
 橋のすぐ向こうは山の斜面になってる。
 道はドコデスカ?
 

 よく見たらこれ、土が盛ってあるんだ。
 道がつぶされてる?
 しかもすごい落ち葉ですよ。

 
 取り敢えず上に上がってみましょう。
 行けるかもしれないしね。
 ここから見ると、
 親柱からこっち側が埋まってるのが
 よくわかります。
 

 しかしこんな所に道であった証拠があります。
 川の方の路肩にガードレールが埋まってます。
 これは土止めとして役に立ってるの?
 ガードレールの向こうは、
 木曽川の河原になっていて、
 落ちたらやばいです。
 慎重に行かねば( ̄″ ̄)

 

 土盛りには小さな木が沢山生えていて、
 すっかり山に戻ってます。
 今は11月なので、葉がけっこう落ちていて
 おかげで歩きやすくて助かります。
 ほんの100mぐらい来た所で
 振り返ってみたけど、橋が見えない。
 ガードレールが無ければ道とは思えない。
 完全に潰されてます。

 
 だんだん薮が酷くなってきた。
 ちょっと歩きづらいです。
 なんて時に見付けたのがこの看板。
 なんだろこれ。標語?
 見えない部分を想像で補ってみて解読すると、
 「おみやげは 無事故でいいよ おとうさん」
 ですかね?
 まあ、ありがちな内容ですが…
 それにしてもこの絵は何?
 これは「おとうさん」なのか、
 おとうさんに無事故を期待する子供なのか。
 十中八九「おとうさん」でしょう。
 あ。よく読んだら五七五になってる。
 
 薮が酷くなってきて、大変だ〜って所で、
 アスファルトの路面になりました。
 どうやら土で埋められた部分は
 もうお終いのようです。
 ここからは楽に歩けます。
 でも、あちこち凍ってるので
 注意が必要です。
 冬はね。
 
 小さな橋がありました。
 「やまぐちはし」
 「昭和三十年五月竣功」
 昭和30年って事は、ダム建設に伴い、
 国道が付け替えられた年です。
 どうやら旧々道の一部ルートと橋が
 昭和30年前後に造り直されたみたいです。
 路面には霜が下りていて
 まるで雪が積もった様です。
 
 旧道側に出て来ました。
 木々が綺麗に色付いてます。
 ここは以前来た時に土が盛ってあった所です。
 どういうわけか無くなってます。
 ひょっとして、道の上に土砂を保管してたの?
 
 ついでなので、賎母隧道も見て来ましょう。
 前に来た時に比べても、
 あまり変化は無い様です。
 その方がありがたいですが…
 
 
 隧道も変化無しです。
 やはり管理されてるようで、
 落石も無ければ、雑草も生えてません。
 それに向こうの出口を見ると、
 車が停まってるのが見えます。
 左下に小さく点のようにあるでしょ?
 隧道の向こうでは、
 何か作業とかやってるのでしょうか。
 近付かない方がいいので、
 今回もここで撤収。
[2005年11月現在]
 
 2005年11月の時点で
 探索は終了のはずでしたが、
 レポート作成中にここが
 国道19号線の旧々道であるのが判明。
 またまた現地に行ってみました。
 だってねぇ… 集落に繋がるだけの
 脇道にしか見えませんですよ?
 3ヶ月後の2006年1月なので、
 現地には雪があります。
 逆に木が枯れていて山肌が良く見える。
 前回は右側にしか行ってないので、
 今回は左側を探索します。
 
 ああっ。
 こんなトコロに標識が!!!
 気が付かなかったよぉ〜
 いやまじで。
 それで、旧々道なのでこちら側にも
 道があった訳です。
 ここを行けば「山口ダム」のすぐ下まで
 行けるはずです。
 
 
 ここが「犬帰り」と言われた難所です。
 確かにすごそう。
 ダム完成とともに捨てられたので、
 もはや道ではなくなってます。
 「犬帰り」と言うのは、
 犬すらも歩きたくない様な険しい道
 って事でしょうか?
 今は木が枯れて見通しがいいけど、
 地面には濡れた落ち葉が
 びっしり積もってます。
 
 少し行った所で橋の方を見てみます。
 本当に国道?
 岩まで落ちてます。
 
 ここは明治時代に造られた道です。
 今日的な国道のイメージで考えちゃあ
 だめなんでしょうね。
 元から未舗装だったんだろうけど、
 あちこちから木が生えてます。
 
 道のど真ん中にも
 こんな太い木が生えてる。
 しかも、道幅が半分ぐらいになってます。
 どうやら崩落したみたいです。
 何だか、廃道らしくなってきた。
 まさしく完全廃道。
 50年も経つと
 こんなにも木は成長するんですね。
 
 でも、それもすぐに終わりです。
 5mぐらいの幅で
 道がまるごと崩れ落ちてます。
 これぐらいなら何とか行けるでしょう。
 ・・・って思ったけど、無理でした。
 なにせ崩れた所は滑らかな斜面になっていて
 どこにも手掛かりがありません。
 しかも濡れた落ち葉がここにも積もってて、
 上に乗ったら滑り落ちるのは目に見えてます。
 あと100mぐらいで、
 ダムの下まで行けるみたいだけど、
 探索はここまでです。
[2006年1月現在]

賎母新道建設の上で、一番の難所だった「犬帰り」。
山口ダム建設により国道が付け替えられ、この狭い旧道は元の山に戻りました。
それでも、廃道になって半世紀近く経ったにしては、まだ道としての形を残していましたが、
もう顧みられる事の無い忘れられた道です。
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