【中央本線-古虎渓旧線跡…5・6号トンネル】
愛知県と岐阜県の県境を通る、中央本線の高蔵寺駅から多治見駅の間には、
中央本線開通時の旧線跡が、13ものトンネルと共に薮に埋もれています。
※現在3〜6号トンネルは「愛岐トンネル群保存再生委員会」によって立入り禁止になっており、
実質非公開状態となっています。

青字…ラピスのコメント ■黒字…作者のコメント
 
 県道15号線の横に架かる諏訪橋を渡ると、
 左側の薮に隠れるようにある
 「6号トンネル」。
 そこへ行くには、
 川と激しい薮に遮られていて
 探索不可能かと思っていたけど、
 何とか行ける事がわかって・・・
 6号トンネルのレポートからどうぞ。
 まずは地図で位置を確認→■周辺図■

 赤い諏訪橋を渡ってすぐの所に
 道の横にちょっとした広場があります。
 さらにその横には煉瓦と石造りの橋台があり、
 ここを渡った対岸に6号トンネルがあります。
 ご覧のとおり橋桁がありません。
 しかも道路から川までは結構高いです。
 これじゃ向うに行けませんよ。
 じゃあ何でここにいるのかって?
 諏訪橋の横からスロープをサクッと下りると
 コンクリの擁壁に“はしご”がくっついてます。
 これなら楽に河原に下りられますよ。
 ちなみに遠くに見えるガードレールは
 愛岐処分場への道です。
6号トンネル

 はしごを下りた所から川を渡ると・・・
 目の前の斜面は雑草だらけ。
 どこから行くの、これ?
 斜面は急だし。
 あ。でも、歩けそうなスペースがあった。
 そこを通ったら楽に行けた。
 でも、イバラに邪魔されたけど…( ̄□ ̄)
 やっと6号トンネルに来ました。
 これが緑のベールにつつまれていた
 6号トンネルの姿です。
 なんかすごい事になってます。
 
 パラペットに生えたオレンジの苔が
 陽当たりの悪さを物語ってる。
 それにしても“重い”景色です。
 この6号トンネルの歴史が
 そう感じさせているのでしょうか?
 大規模な崩落があったと言います。
 古虎渓のトンネル群で
 一番の危険ゾーンだった訳です。
 ・・・今は大丈夫?
 
 大丈夫みたいです。
 取り敢えず崩れてはいません。
 これも明治時代のトンネル技術の高さの証明?
 とは言え、コンクリートで
 表面の補修はされてますが。
 

 路面、じゃなくて路盤にはジュースの
 空き缶とか落ちてたけど、こんな物もあった。
 「現場安全」って書いてある。
 標語ですね。作業前とかに皆で復唱したのかも?
 「いつも元気にほがらかに」とか
 「整理整頓第一に」とかあります。
 韻を踏んでいて、ちょっと楽しげ。
 でも「元気」が「元氣」と
 旧字体で書いてあるので
 思いのほか古い物かもしれません。
 1957年に補修工事をしてるので
 その当時の物でしょうか?

 
 6号トンネルは300m以上もある
 長いトンネルなので、
 立派な待避抗もあります。
 

 曲がっているのか
 反対側の坑口は見えません。
 なんだか塞がってるようにも見えます。

 
 定光寺駅側に出て来ました。
 前日に雨が降ったので、
 雨水が洩れていますね。
 外を見ると、倒木がまっ逆さまに落ちてます。
 
 トンネルポータルを見上げるアングルで撮影。
 なかなかの迫力。
 あ? でも何か変。
 どこかなにかが違う。
 そうか。アーチの煉瓦が分厚いんだ。
 1、2、3、4、5、6… 7枚ですよ!
 煉瓦が7重に巻かれてます。
 これはすごく頑丈そうだ。
 ―って事は、やっぱり
 この辺の地質は脆いのですね。
 
 その7枚巻きアーチの前には
 こんな…看板?が付いてます。
 「隠山第二ずいどう」
 「333M470」
 なんと、この6号トンネルの名前が書いてあります。
 隠山第二隧道と言う事は、
 5号トンネルが「隠山第一隧道」な訳ですね。
 全長約333メートル・・・
 3のぞろ目なのは狙いか?
 それにしても、煉瓦にボルトどめなんて
 なんてだいたんな( ̄▽ ̄)
 でもよく見ると
 煉瓦と煉瓦の隙間に打ち込んである。
 
 ポータルのすぐ右側の崖には、
 なにやら見慣れない煉瓦の壁があります。
 その壁には水を流すためと思われる
 大きな溝が付いてます。
 こんなのは初めて見るね。
 何でしょう?
 そういえば、ちょうどこの辺りで、
 トンネル工事中に60mに渡って
 崩れたって記録があります。
 ここがその崩れた場所でしょうか。
 “60m”ってのが幅じゃなくて高さなら、
 まさにここですね。
 この煉瓦の壁はその崩落した所を
 さらに崩れないように造られた物かも?
 
 そうですね、そう考えると
 この壁の目的が説明できそうです。
 まあ、本当の事はわかりませんが。
 これは別の角度から写したものです。
 きれいなカーブがなんともモダン。
 まるで現代建築のようです。
 これはぜひとも
 文化財に指定してもらいたいですね。
 
 さて、煉瓦の壁を堪能したところで、
 5号トンネルに向います。
 ここからまた酷い薮になってます。
 なかなか楽をさせてくれませんね。
 背の高い雑草が少ないのが
 せめてもの救い。
 それにここは愛岐道路から丸見えになってる。
5号トンネル

 間もなく5号トンネルに到着。
 距離的には100mほどでしょうか?
 これが5号トンネルの姿・・・
 って、わからないよ!
 真ん中の黒い所がトンネルの坑口だけど、
 雑草やつる草や木がごっちゃになって
 なにがなにやら…
 
 近付いてなんとか
 ポータル全体を写してみましょう。
 でも無理。
 せいぜいこんなトコロですね。
 廃止後40年ってのはだてじゃありません。
 ここのアーチは、
 先程の6号トンネルよりも薄いですが、
 それでも5枚巻きになってます。
 

 ここは短いので、
 この写真に写ってるのが
 トンネルの全長です。
 すぐに反対側に出てしまします。
 しかし、この5号トンネルでは、
 工事中に高さ7mの巨岩が崩れて来て
 6名の犠牲者を出したといいます。
 そこまでして造られたトンネル。
 それを知ると、短いトンネルとはいえ
 気が引き締まりますね。

 
 短いのでもうお終い。
 
 さて、ここを南下すれば
 4号トンネルまで行けるはずです。
 “はず”であって、
 実際は無理みたいですが…
 でも、行ける所まで行ってみます。
 ここは見晴しが良くて、
 今までになく広いです。
 線路があった跡は、なぜか山から離れてます。
 これは…盛り土ですか?
 川の中に造った築堤なのでしょうか?
 
 上の写真の正面に見える辺りまで来ました。
 一気に薮が激化して来ました。
 まだなんとか前進できます。
 できますが、ここらで探索終了。
 4号トンネルまで結構距離があるし、
 途中には路盤が崩れてるみたいだしね。
 ここはどの辺りだろう?
 上を見上げると送電線が見えます。
 後から地形図で調べてみたら
 やっぱり4号トンネルまでは遠かった。

[2007年4月現在]

中央本線計画段階では3つのルートが比較検討されていました。
色々紆余曲折があり、高蔵寺から庄内川沿いを通り、多治見に出るルートが決定されました。
そこは、古虎渓や玉野渓谷などの風光明美な場所を通りますが、
観光地になるような所は峻険な土地なので、さぞや建設は困難を極めた事でしょう。
実際、14のトンネルを穿つ工事で、20余人の命が失われました。
現在では大きく崩れているような所はなく、当時の姿をよく留めています。
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