【岐阜県・東白川村-立岩橋】
岐阜県の東白川村はお茶処として有名です。それに、豊かな自然に囲まれた、素晴しい村です。
今回は、そんな東白川村の渓流・白川に架かる小さな吊り橋のレポートです。
青字…ラピスのコメント ■黒字…作者のコメント
 
 付知から白川町に抜けるのに
 よく通る県道の横にある吊り橋。
 以前から気になってたけど、
 ようやく見に行く事にしました。

 気になる橋はこちら→■周辺図■

 県道62号線を走ると
 工場の裏手に架かる橋が見えます。
 それがいかにも“ヤバそう”な感じが…
 古そうで、渡れなさそうな雰囲気が…
 っていうか、ネタとしては美味しすぎ?
 で、渡りに来ました!
 別窓で大きな画像が見れるよ♪
 ─って、人、渡ってるじゃ〜〜ん。
 え? あれ? 普通に渡れる橋?
 
 見るからに
 私有地に架かる橋っぽかったのに、
 誰でも渡れる吊り橋のようです。
 県道から細い歩道を下りて来ると
 民家と製材工場の間を通って
 橋の前に出ます。
 ・・・
黒い。
 怪しい雰囲気の訳はこの黒さだったのか。
 
 細めの鉄骨で造られた主塔。
 床板の木材じゃなくて鉄板ですよ。
 なんか、一種独特の雰囲気があります。
 左の黄色い看板には何が書いてあるの?
 やっぱ人数制限かな・・・
 と、思ったら違った。
 「五加西子供会水泳場(子供優先)」
 水泳場って…川が?
 
 この白川の渓流がプール代りとは、
 ある意味ぜいたくかも?
 でも、今日は釣り人が沢山居ますよ。
 鮎釣りの大会でもやってるみたい。
 今ここで泳いだら大ひんしゅくね。
 それより橋のレポートですね。
 歩くとそこそこ揺れます。
 床が薄い鉄板だからか、
 ベコベコとへこみます。
 まあ、たいして気にならないですが。
 
 今来た方を振り返るとこんな景色。
 手前と奥の山の斜面に茶畑があります。
 ここで作られるのが白川茶です。
 その歴史は古く、室町時代に
 蟠龍寺の住職が勧めたのが始まりだそうな。
 写真には蟠龍寺の跡が写ってます。
 ちょうど主塔の右上の石垣が寺跡です。
 それと、左の斜面に白い物がありますが、
 「白川茶発祥の地」と書かれた看板です。
 ちょっとした歴史のお勉強でしたね。
 
 さて、普通に渡って対岸に来ました。
 こっちにも子供会の看板があります。
 橋を渡った先は山道になってるみたいで、
 森の中に道が続いてます。
 左側に行くと、河原に下りれます。
 ここが水泳場なのかな?
 それと、山からも川が流れていて
 小さな滝になってた。
 なんかここに居るだけで心豊かになるね。
 
 ケーブルが繋がるアンカレージの所には
 小さな石仏が2体安置してあります。
 お地蔵様ですね。
 あ。そう言えば、ここ東白川村では
 かつて廃仏毀釈が行なわれて、
 お寺が全て無くなったそうだけど、
 こんな所に仏様が残ってたのね。
 
 山道もなかなかイイ雰囲気です。
 ちょっと歩いてみたくなる・・・
 って、立入り禁止ですか?
 山の中ではよく見る看板ですね…
 いや違う、こんなの初めて見た。
 「マムシ自然養殖中」
 しかも「体温を感知して咬みます」!
 え? マムシ飼ってるの?
 増やしてるの?
 この先はマジヤバなのでここらで退散。
 

 マムシとはちょっとビックリですね。
 では吊り橋のレポートを続けます。
 橋桁の下はどうなっているだろう?
 鉄材をクロスさせて補強してあると
 思ったけど違いますね。
 L字型の部品で、鉄板を直接補強してる。
 なるほど、だからベコベコしたのか。
 しかも、これじゃ橋桁自体の変形を
 防ぐ事ができないんじゃないの?

 
 思ってた以上に面白い橋でしたね。
 最後に河原から見上げた写真です。

[2010年8月現在]


現在の「立岩橋」以前は、明治33年に架けられた、木造の吊り橋でした。
戦後になり、自動車交通の発達・車両の大型化に伴い、道路網の整備が進められました。
古い橋は架け替えられ、今回の立岩橋も、昭和36年3月に鉄製の吊り橋になりました。
全長40m、幅1.5mです。
東白川村の名産品には、白川茶の他に、東濃ひのきがあります。
伊勢神宮の式年遷宮では、外宮の御神木として使用される程の銘木です。
橋のそばに製材所がある事から、東濃ひのきを運び出すための橋だったのかもしれません。

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