【岐阜県・県道17号線旧道-三軒屋トンネル】
岐阜県各務原(かがみがはら)市三井町の一角はかつて三軒屋と言う地名がありました。
その三軒屋にあると言う「三軒屋トンネル」はいかなるトンネルなのか?
青字…ラピスのコメント ■黒字…作者のコメント
 
 岐阜県にもまだ見ぬトンネルがある。
 その名も「三軒屋トンネル」
 でも地図を調べても
 三軒屋の地名が…
 ない。

 隧道の廻りの様子はこちらを見てね
  →■周辺図■

 さて、ここは岐阜県各務原市の一角
 自衛隊岐阜基地の東側にある
 県道17号線とその旧道が別れる所です。
 なんでこんな所に来たかと言えば、
 この付近にあるトンネルを探すためです。
 各務原市の三軒屋には小さなトンネルがある
 と言う情報を元に、地図で探したところ
 三軒屋の地名が見当たりません。
 今は無くなったみたいです。
 こりゃ見つからないな と諦めていた時、
 思わぬ所で思わぬ物が!
 こんな平野部に「あれ」があるなんて
 普通は考えないよね。
 でも県道の旧道に「あれ」らしき物が…
 
 道活動の帰り道、なんとな〜く横を見たら
 トンネルらしき物体が。
 山も無いのにトンネルだけあるって変。
 しかも何だか自衛隊基地内にある様に見えます。
 これは帰ってさっそく調べねば。

 あった、ありました。
 地図にもはっきり描いてあります。
 念のために古い地形図も調べてみたところ
 こちらにもありました。
 実際は基地の外を通ってます。
 自衛隊基地の出来る前から存在した様です。
 さて、旧道上にそのトンネルが見えて来ました。
 
 なんと四角いトンネル!!
 ボックスカルバートって物なんでしょうか?
 上に木が生えているのが変な感じ。
 あるべき山が見当たりませんが、
 長い年月が経つ内に、
 削られてしまったのでしょうか?
 このトンネル自体は昭和18年竣功なので
 戦時中に造られたトンネルです。
 現在航空自衛隊の基地がある場所は
 元々日本陸軍の飛行場がありました。
 …もしやこれは、軍事施設なの?
 
 トンネルの中身だけが晒されている格好ですね。
 めったに見れるもんじゃありません。
 でもまだ土が残っているのか、
 木や草がびっしりと生えてます。
 トンネルの手前も切り通しの跡の様です。
 画面右、東側には草地が広がっています。
 自分一人で考えてたってわかりません。
 ネットで調べてみましょう。
 …で、ありました。
 先に「日本陸軍の飛行場」と書きましたが、
 自衛隊が現在使っているのは「西飛行場」で、
 もうひとつ「東飛行場」というのがありました。
 その間には飛行機が移動するための誘導路があり、
 県道の旧道はその下を潜っていました。
 
 東・西飛行場の位置関係は大体こんな感じ?
 東飛行場は今は無く住宅地や農地になってます。
 よく考えたらこのトンネル、
 すごい所にあったもんだ。

 さて次は中に入ってみましょう。
 
 昔はこの上を戦闘機が通っていたなんて、
 ちょっとすごくない?
 「ゼロ戦」とか「飛燕」ですよ。
 基地の北側にある川崎の工場では、
 かつて「飛燕」が造られていました。

 このトンネルが四角いのは、
 上にある誘導路のためだったんですね。
 中は苔が生えていて、微妙に荒れてます。
 路面は泥が積もっているけど、
 その下のアスファルトはかなり痛んでます。
 
 この辺りは台地になっていて、
 東・西の飛行場はその台地の上にありました。
 県道が通っている所は川の流れにより侵食され
 飛行場より低い位置にあったようです。
 両飛行場を誘導路で繋ぐ際、
 低くなった所に土を盛ったんでしょう。
 そして県道の上にこのトンネルが造られた。
 このトンネルはいわば、戦争遺跡なんですね。
 現在は誘導路も無く、土地自体も改変されて
 当時の面影はすでに有りません。
 
 トンネル横の法面を登って
 ちょっと高い所から撮影。
 このトンネルって、先に本体を造っておいて
 埋めたんでしょうね。
 ひょっとしてこのトンネルって珍しい?

 上に山が無くて、大きな圧力が掛からないので
 四角いトンネルになったんでしょう。

 それにしても、何だか水路みたい。
 
 三軒屋トンネルを過ぎてからは、
 森の様な所を通ります。
 右側には畑がありますが、
 一体何の作物を栽培してるのでしょうか?
 またまた調べてみました。
 ここいら一帯は「にんじん」の栽培を
 しているそうです。
 でもここの土壌は「黒ボク」と言う火山灰で、
 御嶽山から流れ込んだ火山泥流と、
 縄文時代に降り積もった火山灰により
 出来た土壌です。
 酸性度が強くて農業には不向きなそうな。
 
 その割りには木が沢山茂ってますが。
 いやそんな事より、
 この道せまっ!
 これは大した険道ですね。
 1車線ぎりぎりな幅しかありません。
 こんな道が郊外にあるなんて、
 素敵すぎます♪
 
 でも広くなったりします。
 フェンスに囲まれて、何か不思議な空間。
 左のフェンスは自衛隊基地の物です。
 勝手に入っちゃだめよ。
 そう言えば先に書いた「黒ボク」土のおかげで
 明治時代まで野原だったそうです。
 そんな所だったので飛行場が造られたといいます。
 だとしたら、現在もこの土地で農業をやるのって
 かなり大変な事なんでしょうね。
 
 現道に合流して今回の探索も終了。
 大きな看板の左側の道が現道の県道17号線。
 右側の壁が川崎重工の物です。
 三軒屋トンネルは小さな物件なので、
 小ネタレベルのレポートにしかならないかと
 思いましたが、意外にも
 内容のあるレポートが出来ました。

[2004年11月現在]

各務原のトンネルは山に無く、町にありました。
町と言っても昔は、台地の上に草原が広がる様な場所だったそうです。
そんな所なので、飛行場を造るにはぴったりだったのでしょう。
太平洋戦争の時には県道をまたぐ様に誘導路が造られ、そのため県道にはトンネルが造られました。
まさに戦争が残した、戦争遺跡です。
現在は自衛隊の基地になり、航空宇宙博物館も造られました。
でもこのトンネル、戦時中は通れたのでしょうか?
陸軍の飛行場というだけじゃなく、新型機の開発などもしていた川崎重工がある、
いわば軍事機密によって、一般人は立ち入り厳禁の場所であった事は容易に想像出来ます。
戦争が遠い過去の出来事となった今は、誰でも自由に通行出来る旧道のトンネルです。
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