【国道153号線旧道-前橋】
愛知県の東西を結ぶ飯田街道は、現在国道153号線となってます。
かつての稲武町(現・豊田市)の中心部より、飯田方面に5km程行った所にある古い橋です。
青字…ラピスのコメント ■黒字…作者のコメント
 

 国道153号線を走行中に見付けました。
 郡界橋・真弓橋・漆瀬橋に続いて
 4つ目のコンクリートアーチ橋です。

 ここの詳しい場所は→■周辺図■


 ■前橋-側面図■
 
クリックすると原寸サイズの物が
 別窓で開きます

 まずは国道側から見てみましょう。
 ここから見る限りは、普通に古い橋です。
 幅も車が1台通るのなら
 問題無い広さがあります。
 左の高欄の前に立ってる親柱には、
 竣工年が彫ってあります。
 「大正八年十二月架」
 やっぱり大正時代の橋です。
 最後の文字がアスファルトに埋もれていて
 読めませんが、
 たぶん「架橋」って彫ってあったんでしょう。

 

 上の写真の右側の親柱の部分です。
 おや? なんか倒れてる。
 この石は何?
 って親柱ですよ、これ。
 やっぱ古い橋だけあって、
 どっかガタが来てます。

 

 渡った反対側の親柱…は、無いですね。

 道は左に曲がるものと、
 正面に延びて行くものに分かれてます。
 橋の架かってる位置とか、色々考えると
 左に曲がって行く道が国道の旧道みたいです。
 旧道で間違いないと思うけど、
 はっきりしないので、
 タイトルに「旧道」とは入れないでおきます。

 
 次は上の場所の右側の親柱です。
 高欄が  ̄ ̄|__ こんな風になっていて、
 デザイン的にもこだわってる。
 こっちは何て彫ってるんだろう?
 
 「大正八年十二月架」
 こっちも竣工年が彫ってあるけど
 …名前は?
 え? まさか、さっきの倒れてる親柱に
 名前が彫ってあったの?
 あんなの起こせないよ。
 現道の橋がすぐそばにあるけど、
 こちらは「上柏洞橋」とあります。
 じゃあこのアーチ橋は 「旧・上柏洞橋」なの?
 でも、真弓橋のレポートで
 参考にしたサイト「弥生の森の散歩径」での
 情報では「前橋」となってたので
 その名前を使わせてもらいました。
 
 さて、ここらで少し離れて
 橋の全体を見てみましょう。
 なかなか堂々たるお姿です。
 大正時代の物が、今だに使用可能なのは
 よほどしっかりした作りなのでしょう。
 そんな事より、この場所けっこう恐いんだけど。
 河原まで5m以上の高さがあって、
 しかも壁がすごい急角度。
 足すべらせたら、下までストーンって行きそう。
 落ちたら河原の石が痛そう…
 
 近付いて、もっとよく見てみよう。
 稲武町とその近辺のアーチ橋は、
 みな同じようなデザインです。
 多分、設計者が同じなのでしょう。
 飾り気の無い、無駄を省いたカタチです。
 当時はさぞや新鮮に見えた事でしょう。

 長い時間が経って汚れていますが、
 なぜだかきれいな部分がある。
 
 特にここ。
 橋桁の古ぼけた感じに比べて
 不自然な新しさ。
 これは最近の補修によるものですね。
 でも、アーチの所は作り直した様に見える。
 台風なんかで、橋桁のすぐ下まで増水した時に
 破損したのでしょうか?
 倒れた親柱もその時の被害なのかも。
 どんな理由にせよ、安易に架け替えたりせず、
 修理をして守っていこうというのは
 いいことです。
 
 この橋を補修した理由は、
 どこかに記録があるんだろうけど、
 そんなのどこで見付けたらいいのやら…
 ま、とりあえずここでは橋を鑑賞しましょう。
 国道側から斜面を下りて来て、
 橋を下の方からも見て来ました。
 橋桁の裏側は、まったいらで何の補強もない。
 これでは重いトラックは通れないですね。
 でも、大正時代は大きなダンプカーなど無く
 せいぜい、今で言う中型トラックぐらいしか
 走ってなかったので、
 こんなんで充分だったのでしょう。
 

 最後に少し離れた所からの1枚を。
 ここから見た景色は、
 
昭和の始め頃に戻ったみたいです。
 とは言っても、手前の所は
 平成になって改修されたのですが…

 [2005年9月現在]


今の感覚では古ぼけた橋に見えますが、大正時代の当時は最先端のデザインだったと思います。
街道に架けられたアーチ橋は、驚きをもって迎えられた事でしょう。
完成した時は村をあげて祝ったのでしょうか?
以来平成の世まで、この橋は村の歴史を見て来たのでしょう。
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