【名鉄小牧線-廃線部分】解体編
最後まで残っていたガーター橋も解体されてしまいました。
青字…ラピスのコメント ■黒字…作者のコメント
 

 地上線廃止後も
 しばらく残っていた鉄橋ですが、
 やっぱり解体されちゃいました。
 残念ですねぇ…
 その時の様子を記憶にとどめるためにも
 短いレポートを作ってみました。
 って、これって何のレポート?
 廃線解体レポートって事ですかね。


 ある日気が付くと、
 鉄橋の橋桁が、2つ分取り払われてました。
 専門的に言えば、2径間の橋桁ですね。
 写真の様に道の脇の所です。
 ついに解体か?って思ったけど、
 その後は何の音沙汰も無し。
 中途半端な状態で、しばらく放置されてた。
 2004年5月の事です。
 しかしその7ヵ月後の12月に、
 ついに解体が始まりました。
 
 どんどんガーター橋の橋桁が降ろされて行きます。
 手前の橋脚には1mおきにメモリの付いた
 大きな物差しがくっついてます。
 これって、川の水位を計るための物ですね。
 上に行くにしたがって数字が小さくなるのって、
 橋桁までの距離をカウントダウンするため?
 そんな事より、水位が橋桁にとどくって事は、
 堤防の一番上まで水が来たって事だよね。
 それって堤防決壊の危機です。
 恐いですね。
 でも、過去には
 それに極めて近い状態になった事が…
 
 これは、上の写真の反対側から見たところです。
 橋脚だけが並んでるのって、
 なんか変な感じ。
 橋と言うより、オブジェみたいに見える。
 しかも表面に錆びが付いてる。
 線路のバラストなんかがこんな色になってるけど、
 これって電車が落としていった鉄粉のせい?
 ディスクブレーキの削れカスとか、
 レールの削れカスなんかが、
 雨水で流されて、そのまま錆びたものでしょうか。
 リニアモーターカーが普及したら
 こんな景色は見られなくなるかも。
 
 何で最初に中途半端な場所から壊したんだろう?
 車道の上に架かる橋桁から先の方が
 よさそうなのに、って思ったけど、
 先に解体した所にアスファルトを敷いて
 車を迂回させていました。
 な〜るほど。
 車を別の所に通しておいて、
 その隙に車道の上にあった橋桁を解体したのです。
 よく考えられてる。
 写真に写っている、川寄りに敷かれた
 新しい路面が迂回路です。
 ちなみに、手前のコンクリートの部分は
 堤防の一部です。
 
 すっかり鉄橋は無くなってしまいました。
 真新しい土の所が、
 ここに橋があった事を教えてくれます。
 あ〜 なんだか寂しくなっちゃったね。
 廃線とか廃道なんかは、
 何がしか残ってるのがイイのであって、
 な〜んも無ければ面白くナイです。
 これで小牧線跡で残ってるのは
 庄内川と矢田川の間の築堤だけです。 
 
 ここは前のページの5枚目と同じ場所で
 撮影した写真です。
 堤防道路の廃道がきれいになってます。
 復活したのかしらね?
 でも、相変わらず車は通れません。
 そう言えば、道の上に鉄板が敷いてあったけど、
 あれって未舗装なんかの道に
 重機を入れるための物ですね。
 でもそうとう長い間
 ほったらかしになってたみたい。
 今は何事も無かったみたいに、
 ただの堤防道路になってます。
[2004年12月〜2005年4月まで]

ここには長年見慣れた風景がありました。無くなってしまうのは寂しいかぎりです。
後編へ… 道ネタ「鉄道」TOPへ…